第3章 英語で行う会話の本質 【2/5】

国際ビジネスで使われる英語とは、どのようなものなのか

 

 確かにこのような慣用句を用いた表現は、それを知らないと何を意味するのか全く分からなくなります。しかし英語の「奥深さ」はこれだけではありません。英語には慣用句などの日常で使われる表現のほかに、それ程日常的ではなく、またビジネス英語とは異なる「英語の形」が複数存在します。例えば文学の世界で使われる英語は、日常的な英語が分かる程度では、理解できないことが多々あります。文学的に物事を細かく描写したり、人の心情の微妙な揺れ動きを表現したりするスタイルを見れば、英語がいかに繊細な言葉であることが分かります。この他にも、学術的に発表される論文や、政府などから公的に発表される文書やレポート、司法や法廷の場で使われる英語、更には宣言文やスピーチなどに使われる英語のスタイルなど、ビジネスの場で使われるスタイルとは異なる英語はこの他にも多く存在します。

 

 しかしよく考えてみますと、これは決して驚くことではありません。ここで英語の「奥深さ」を説明するために挙げた例は、英語だけにしかない特別な性質ではないからです。我々の日本語の「奥深さ」を説明する際にも、全く同じ例を挙げることができます。つまり、英語は日本語が「奥深い」のと同様に「奥深い」言葉だということ、ただそれだけなのです。

 

 参考までに、ビジネス英語以外の表現例を、下に2つ紹介します。(百聞は一見にしかず、実際に見たほうがよく分かると思いますので。)

 

 一つ目は文学的な英語スタイルの例として、チャールズ・ディキンズ作の『二都物語』から。そしてもう一つは、トーマス ジェファーソンが作成したアメリカの独立宣言文書から少しだけご紹介します。ここではあくまでもビジネス英語以外のスタイルをご紹介することが目的ですので、下の英語の文書がよく分からなくても気にせずに進んでください。(もちろん、もし下の文章を読んで、よく分からないと感じたら、それこそが「ネイティブ英語の障害」ということになります。)

 

From  A Tale of Two Cities by Charles Dickens

 

  The wine was red wine, and had stained the ground of the narrow street in the suburb of Saint Antoine, in Paris, where it was spilled. It had stained many hands, too, and many faces, and many naked feet, and many wooden shoes. The hands of the man who sawed the wood, left red marks on the billets; and the forehead of the woman who nursed her baby, was stained with the stain of the old rag she wound about her head again. Those who had been greedy with the staves of the cask, had acquired a tigerish smear about the mouth; and one tall joker so besmirched, his head more out of a long squalid bag of a night-cap than in it, scrawled upon a wall with his finger dipped in muddy wine-lees—blood.

 

 これは、第1巻の第5章からの引用したものです。「二都物語」は長編小説なので、お話はまだ始まったばかりです。しかしこれらの文章の中には、大変多くの情報が盛り込まれています。

 

 場面は酒場を経営するドファルジュ夫婦の店の前でワインの樽が壊れ、ワインが地面にこぼれてしまう様子を表現しています。こぼれたワインに群がり拾おうとするパリの農民たちの様子を描くことによって、彼らがどれほど飢えているかを表すと同時に、その飢えや欲望が食べ物に対するものだけでなく、今の体制の変化に対するものであることも示唆しています。また、赤ワインは血を、そしてそれがたくさんの人の手や顔や木靴に染みついた様子は、やがてフランスで起こる革命運動を予示しています。そして、裸足の足にワインが染みつく内容は、この店の持ち主であるドファルジュ夫人の運命(第3巻の第14章で殺されてしまう)も予示するものになっています。

 

 たったこれだけの文章で、ここまでたくさんの別の意味が含まれているのは大変驚きです。「二都物語」はアメリカでは中学・高校の「国語」の教材として使われています。

 

 続いては、トーマス ジェファーソンが作成しましたアメリカの独立宣言文書の中でも最も有名で、アメリカ人に限らず多くの人々が知っている個所をご紹介します。またこの部分は、大変多くの文書やスピーチに引用されている個所でもあります。その引用例の一つとしては、1960年代にアメリカで起きた、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活躍したキング牧師の有名な「I Have a Dream」スピーチの中にも、下の一部が引用されています。

 

From IN CONGRESS, JULY 4, 1776 (Declaration of Independence)

by Thomas Jefferson

 

  …We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness. — That to secure these rights, Governments are instituted among Men, deriving their just powers from the consent of the governed, — That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government, laying its foundation on such principles and organizing its powers in such form, as to them shall seem most likely to effect their Safety and Happiness…

 

 生きること、自由であること、そして(その過程で)幸福な暮らしを求めることは、人間ならば誰でも生まれながら平等に与えられた権利であることをまず主張しています。そのうえで政府というものは、人々にその役割を担うことを許可されたうえで、人々の権利を守るために存在するものとしています。そして、もしも政府が人々の権利を尊重しない存在となった場合、人々はこうした政府を廃止し、人々の権利を尊重する新しい政府を設立することができる、と主張しています。

 

 独立宣言文書は、ここで主張したポイントを軸に展開し、現行の英国政府及びその政策が如何にこの政府としての条件に当てはまっていないかを指摘します。そしてそれらの事実を理由として、英国からの独立を公的に宣言しています。

 

 大変パワフルなメッセージが盛り込まれていますが、一度読んだだけで、すらすらと理解できる文体ではないと思います。

 

 【注】この文書は1776年に作成されたものです。文中に「人間」を意

    味する言葉に「Men」が使われています。現在ではこのような表

    現さされることはまずありません。こういう箇所をみると、英語

    という言葉自体が時代に合わせ進化している言葉だということも

    分かります。

 

 

 

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