第5章 セルフ・ポジショニング 【1/8】

予測可能な存在になることのすすめ

  

5.1. 相手にとって予測しやすい存在になる

 

 前の章でも触れましたが、人は誰でも知らない人と接した時、または経験したことがない事柄などに直面した際は、意識的に、もしくは無意識のうち自分を保護するための防御機構(ディフェンスメカニズム)を働かせます。その結果、自分に相対する人や事柄に対して不信感や警戒心を抱きます。こうしたリアクションは、誰もが自然にとるものです。よく知らない人や事柄に対して全く警戒しない人のほうが、変わっていると言えるでしょう。

 

 さて、ここで人に対して抱く警戒心が、ビジネスのパフォーマンスにどのような影響を及ぼすかについて少し考えてみましょう。

 

 ここにお互いが警戒心を抱いている二人と、そういった警戒心を解消するまで分かりあえた二人がいるとします。それぞれのペアが別々に全く同じ仕事、タスクを行った場合、どちらのペアが出すアウトプットに期待が持てるでしょうか。警戒心が解けたペアが出したアウトプットのほうが期待できると思う人のほうが、圧倒的に多いのではないでしょうか。

 

 相手のことを警戒しあっている二人は、きっと効率は悪いでしょうし、共同作業も上手くできないでしょう。そのために自分たちの実力をフルに発揮できないままアウトプットが出ることになるでしょう。また、アウトプットから得られる効果・成果も、もう一つのペアのものと比べ、よくないと想像するのは難しいことではありません。

 

 上記から言えることは、仕事相手に対する警戒心や不信感を取り除くことは、人間関係を充実されるだけには留まらず、仕事のパフォーマンスを上げるためにも大切なステップであるということです。つまり、お互いが仕事相手に対して理解を深めることは、ビジネスにおいてよい結果を出すためにも重要なことであるということになるのです。この章では、海外のビジネスパートナーとの間に存在する警戒心や不信感を、ビジネスコミュニケーションで解消していく手段について考えていきます。

 

 そもそも、なぜ海外のカウンターパートは、自分に対して警戒心を持つのでしょう? 色々な理由があるかもしれませんが、根底的な理由は、自分という「異国人」に対する理解度が低いためだと言えます。自分は相手にとって未知の人で、何を「当たり前」として考えているのか分からない人だから警戒してしまうのです。これは言うまでもなく、第2章でお話ししました「文化の壁」が引き起こす問題が影響しています。「この人はどんな価値観を持った人なのだろうか」、「自分と人間関係を構築することができる人だろうか」、「こちらが抱えている事情を理解し、協力してくれるのだろうか」、「コミュニケーションをとるのに問題はないのだろうか」…、こうした疑問は相手のことについて分からないことが多ければ多いほど、増えていきます。

 

 【注】もちろん「文化の壁」以外の要因で、警戒心を抱く原因となるも

    のもあるでしょう。例えば、所属する会社や組織が自分と異なる

    人に対し、自分が不利な状況に陥らないようにすることは、ビジ

    ネスの世界ではよくある行為です。たとえ同じゴールに向かって

    仕事をしていく相手であっても、こうした理由で相手に対し警戒

    心を持つこともあるでしょう。しかしここでお話しするのは、このよ

    うなビジネスの「駆け引き」上の警戒心ではありません。この章

    では自分とは国も違えば話す言葉も違い、異なる文化バックグラ

    ウンドを持つ人に対して抱く警戒心や不信感にフォーカスし、話を

    進めていきます。

 

 相手が自分を警戒してしまう理由は、自分のことがよく分からないからです。ということは、もし自分が相手にとって分かりやすい存在になれれば、この問題は解決の方向へと進むことになります。文化や習慣を共有しない人に対して分かりやすい存在になるのには、どうすればよいでしょうか?

 

 人は誰でも物事を観察するとき、観察する対象から何らかの規則性を見出そうとします。そして人はそうした規則性(行動パターンなど)を観察対象から読み取ることができるようになると、それに対する理解度が増したと認識します。海外の仕事相手との人間関係の構築においても、これを応用することができます。自分がカウンターパートと行うコミュニケーションにおいて、自分の言動に規則性や一貫性を持たせることができれば、自分は相手にとって理解しやすい存在になっていきます。そしてこれは、これまで不安定だった人間関係を安定化させることにつながっていきます。つまり、相手の警戒心を和らげる最も効果的な手段とは、自分が相手にとって「予測可能な存在」になることなのです。

 

 とはいえ、相手は異なるバックグラウンドや文化・習慣を持つビジネスパートナーです。具体的にどんなことをすれば、自分が効果的に「予測可能な存在」になることができるでしょうか? そして何をすれば、仕事を進める上で不必要な警戒心を取り除き、よい人間関係(ビジネスリレーションシップ)を築くことができるようになるでしょうか? ここからはこれらの質問に答えるべく、この章のタイトルでもあります「セルフ・ポジショニング」(自身の位置付け方)について考えていきたいと思います。

 

  

 

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