ブログ: Anything Goes

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(これまでご紹介したブログ記事で反響が大きかったものを厳選しました。→ こちらから

2013年

3月

25日

TTP 交渉参加の表明を受けて

 

先日政府はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の参加を前提とした、参加各国との交渉に参加することを表明しました。 (昨日はこれとは別に、日本とEUがEPA、経済連携協定交渉の開始に合意したというニュースも報道されました。国際間の新しい貿易の形が、今政府を中心として積極的に構築されつつあります。)

 

TPPとは、ざっくり言えば、参加国間の貿易のルールを統一化すると同時に、各国で独自に設けられている関税を大幅に下げ、貿易を活性化しながらお互いの経済成長を図ることが主な目的です。少子高齢化が進み、これから先市場規模が縮小していく日本にとって、TPPに参加することは当然と言えば、当然のことだと思います。(もちろんただ参加するだけなく、TPPが日本の経済やビジネスにとって確実に成長をもたらすものになるよう、必要な改革を行うことが大前提になりますが…)

 

モノの流れがよりスムーズになるのは、日本のビジネスにとって好都合です
モノの流れがよりスムーズになるのは、日本のビジネスにとって好都合です

 

関税が下げられ、輸入品が安くなる対象として農作物がよく挙げられますが、もっと多くの分野が対象となることを忘れてはなりません。例えば、医療用の精密機器はその多くを輸入に頼っている現状がありますが、関税が下げられれば消費者だけでなく、日本中の医療機関にとってもプラスになります。

 

TPPの効果として、基本的に輸入品はこれまでよりも安くなる訳ですから、消費者にとってマイナスの要因はありません。(よく食料品で食の安全が脅かされるといった話が出ますが、TPP自体は直接関係しません。国が予め定めた安全基準を満たさない商品は、関税の高低に関係なくボツです。)

 

では生産者はどうでしょうか?もちろんこれまでよりも安い商品が海外から押し寄せてくるので、今のままの状態で何も対策を取らなければ、コスト面で太刀打ちできなくなってしまいます。そうなると、当然大きな打撃を受けることになるでしょう。

 

でも、TPP参加よって起り得るネガティブな要因が現時点でも分かっているのに、それに対して何の対策を打たないなんていうことは、常識的に考えられません。もちろん、政府等にTPPによって生じる損失を補填させるという対策もあります。しかしこれはTPPがもたらすビジネス成長の可能性と、得られる利得の最大化から考えると、よい策とは言えません。(関税の緩和は、対象となる全ての商品が輸入しやすくなるだけでなく、輸出も同様に行いやすくなるのですが、このような新規市場開拓活動のメリットが着目されないのはなぜでしょう?)

 

 

1つの企業や、地域経済、または国全体の経済等が成長できる領域(キャパシティ)を最大限広げられるようにする方策が成長戦略です。先日ご紹介しました電子書籍「現在(いま)からの成長戦略」は、TPPに限らず、これからの日本のビジネスや経済が最大限成長するための方策を提案しています。国際間でのビジネスの競争が激しくなる今後、どのようにして継続して成長を遂げるかをお伝えするガイドとしてもご活用頂けます。まだご覧になっていない方、ぜひお試しください!(ご購入は表紙イメージをクリック)

 

 

TPPに関しても、これを上手く利用して日本経済の成長戦略を築くといった観点に皆が立てば、良いアイディアがたくさん出てくるように思うのですが…。 そして出た良いアイディアを実行に移そうとすれば、TPP自体に対して受け身になったり、悲観してばかりいる暇はないように思うのですが…。 

 

人にとって変化は強いストレス与えます。だから変化が起こらないようにする行為をとるのもよく理解できます。でも、変化を受け入れ、対応するからこそ物事は進化し、成長できるというのもやはり事実ですね。

 

(おわり) 

 

 

2013年

3月

11日

電子書籍出版のお知らせ

突然ですが、皆様にお知らせがあります。この度、本を電子書籍にて出版しました。タイトルは「現在(いま)からの成長戦略」といいます。今回は、この本を紹介させて頂きます。

 

最近このブログの更新頻度が著しく落ちていたのですが、実はここ数カ月の間、細かな下準備も含めこの本の制作に専念していました。その反動を受けて、ブログは少々さぼり気味になっていたのです。(どうもすみませんでした。) ああ、そういえばこのブログの更新頻度が落ちていたなぁ…、なんて思って頂いた方、気づいて頂いて嬉しいです。

 

 

さて、いま巷では、「成長戦略」という言葉が頻繁に飛び交っています。昨年末の政権交代以来、特にこの言葉がクローズアップされています。政府・日銀はこれまでにない大胆な金融緩和を行うことも含めた金融政策を打ち出しています。こうした金融政策の実施は、日本の経済環境に大きなインパクトを与えますが、これだけでは経済はよくなりません。

 

目先のことだけでなく、中・長期視点に立って経済をよくしていくには、日本経済が継続的な成長を実現するために実施・展開する「成長戦略」を国内外に示し、それに基づいた活動を着実に実行していくことが必要です。また、こうした確固たる「成長戦略」の展開は、金融政策のネガティブな要素(国の借金の増加に伴う信用不安)の払拭にもつながります。

 

そんな肝心要の日本の「成長戦略」なのですが、具体的な中身がはっきりしていないのが現状です。

 

ビジネス・経済において、未来が過去や現状の延長線上にある時代は、既に終わりました。同時に、これからの時代を発展させる「成長戦略」も、過去や現状の延長線上に構築されたものでは機能しない時代になっています。現在(いま)は、これまでの常識や成功体験のとらわれていては、成長につながる戦略を構築することは不可能な時代になりました。

 

この度出版しました「現在(いま)からの成長戦略」は、トレースグローブマネジメントの独自の視点で、現在(いま)の時代に合った「成長戦略」は何かを示し、提案しています。

 

― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―

 

今回はとりあえず、電子書籍版のみの出版としました。Amazon.com(日本のアマゾン・ドットコム)のキンドル・ストアにてご購入頂けます。(本はKindle端末だけでなく、iPadiPhoneiPod touchAndroidに対応したKindle無料アプリでも読むことができます。)

 

本の価格は、電子書籍だから可能な設定にさせてもらいました。たくさんの方に読んで頂きたく思っております。

 

応援よろしくお願いします! (本の購入はこちら: http://amzn.to/YTGQaD

 

 

(おわり)

 

 

2013年

2月

22日

孤独と恐怖、エンジョイと感謝

 

“It is a scary and lonely work though. But if it doesn't scare you, it probably isn’t the right thing to be doing!”

 

 

「それって(今自分たちが行っている活動は)おっかなくて、孤独な活動だよ。でも、やっていておっかなく感じなかったら、多分それはやるだけの価値がない活動なのかもしれないね!」

 

 

 

これは、昨日アメリカ人の旧友と、スカイプでお互いの近況報告のような会話をしていた時、友人がつぶやくように言った言葉です。

 

彼は長年の夢を叶えるべく、アメリカで音楽活動を本格的に展開しています。シンガーソングライターとして、先月新しいアルバムをリリースしました。最近は芸能関係に詳しいマーケティングアドバイザーを雇い、雑誌やラジオ、そして業界のキーパーソンとつながりを持つべく活動を展開しているそうです。ああそれと、つい先日彼の新曲のミュージックビデオが公開されました。

(下の画像リンクでご覧いただけます。よろしければどうぞ。いいなと思ったら、どんどん広めて頂けたら嬉しいです。)

 

 

自らが決めた道を進むには、自らの手で道を切り開いていかなければならない、それは彼も私も同じです。彼は音楽の道を、そして私は日本のグローバル化を進めるコンサルタントとしての道を歩んでいます。お互いに自分たちの活動をサポートしてくれる人に恵まれ、本当にありがたい事です。でも、いざという時の決断は、やはり一人で行わなければなりません。時に怖くなることもあれば、孤独を感じることもあるものです。それが自分の手で道を切り開く人たちの定めです。孤独と恐怖があることが、新しいことに挑んでいる、そして進むべき道を進んでいる証拠なのかのしれない、そんな気持ちを友人の言葉から感じ取ることができます。

 

では我々のような人間は、いつも孤独と恐怖を感じながら活動すべきでしょうか。我々の答えは「No」でした。彼は「enjoy」という言葉を、そして私は「感謝」という言葉を使いながら日々の活動に取り組む姿勢のようなものを話しました。何をするにもエンジョイしようと思わなければ、いいことは視界に飛び込んで来ないだろうし、感謝の気持ちがなければ、エンジョイなんてできないね、なんて話をしながら会話を終えました。

 

孤独と恐怖があるから意味がある、でも同時にエンジョイする気持ちと感謝の気持ちがあるからこそ、毎日がある。真逆の感情なのですが、何の違和感も矛盾もなく、仲良く並んで納まっているのに気づきます。

 

我々にとって、そんな状態でいることが一番自然のかもしれません。

 

(おわり)

 

 

 

John Haesemeyer  ジョン・ヘイズマイヤー  「Come Along Quickly」

 

↓   ↓   ↓

 

2013年

2月

08日

変化に対応できる者…

   チャールズ・ダーウィン
   チャールズ・ダーウィン

 

 

 

“It is not the strongest of the species that survive, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.” Charles Darwin

 

最終的に生き残ることができるのは、

最も強い者でもなければ、最も高い知能を持つ者でもない。

最も敏感に変化に対応できる者が、生き残る。

                   -チャールズ・ダーウィン

 

 

上は進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの言葉です。この言葉、生物学的な事だけでなく、ビジネスの世界でも同じことが言えると感じる方も少なくないのではないでしょうか。

 

では、「最も敏感に変化に対応できる」ようなる条件とは、何でしょう? この問いかけ、考えれば考えるほど答えが出てきそうです。それでもいちばん基本的な条件は何だろうと考えるに、やはり身の回りに起きている「変化」にどれだけ気づくことができるかどうかではないかと思うに至りました。皆さんはどう思いますか?

 

どんな些細な事であっても、変化に気づくことができるからこそ、それに対応しようとする活動に移ることができます。変化に対して鈍感であれば、対応するステップにはなかなか辿り着きません。(ひょっとすると、強い者は自分の力を、そして知能を持つものは自分の主張を過信し、変化に対する対応が鈍くなる傾向にあるかもしれません。だからダーウィンはこうした特性を持つことが、生き残りの条件ではないと言っているのかもしれませんね。)

 

今の時代、我々の生活は世界のあらゆる事情に直接的にも間接的にもつながっています。これがグローバル化が進むビジネス・経済の話であれば、尚更のことです。

 

ダーウィンの言うように、最終的に生き残るのは最も敏感に変化に対応できる者だという考えに一理あると感じるならば、ご自分が今世界で起きている「変化」にどれだけ気づくことができているかを、チェックしてみるのも悪くないかもしれません。

 

世界を知るために普段収集している情報のトピックや対象地域にフォーカスをあてるのもよいでしょうし、そうした情報の出どころ(source)や情報の言語などに偏りはないかを確認してみるのも一つの手だと思います。

 

(おわり)

 

 

2013年

2月

01日

自国のことが、おろそかになる…?

 

英語などの、自分の国以外の言葉や文化、習慣などの習得を、早い段階(比較的年齢が低いとき)から行うことを危惧する考えがあります。基本的に、自国のことがおろそかになる、という考えが問題視するベースにあるようです。

 

他国のことを学ぶために費やす時間が多くなる代わりに、自国のこと(正しい言葉使い、歴史、伝統文化など)を学ぶ時間が短くなり、身につかなくなってしまう。結果として、外見は「日本人」であっても、中身は中途半端な人間になってしまう、というものです。 どう思われますか?

 

 

    住む地域、住んだ時間の違いを超えて
    住む地域、住んだ時間の違いを超えて

 

これとは逆に、他国の言葉や文化、習慣に振れたことがない、または理解できていない人が、いくら自国のことを学ぼうにも、すぐ限界にぶつかってしまう、という考え方もあります。 こちらについては、どう思われますか?

 

後者についてはもう少し説明が必要かもしれません。 他国の言葉や文化、習慣を理解することは、元から自分に備わっていない表現方法や価値観、そして物事を判断する基準のようなものを、新たに得ることに他なりません。日本人として持つ「ものさし」とは別に、違う基準で測る「ものさし」を持つ、といえば分かりやすいでしょうか。

 

自国の物とは別の「ものさし」を得ることができた人は、世の中にはこの他にも多くの「ものさし」が存在していることを受け入れる力を持ちます。同時に今自分が持っている「ものさし」が使える範囲や限界についても理解し、受け入れることもできます。

 

ところが、自国の「ものさし」しか持っていない人は、違いがあることを頭では理解できたとしても、結局自分の「ものさし」を全ての基準にしてしまいます。別にこの人が悪いわけではありません。その人は、自分が使いこなせる「ものさし」はたった1つしか存在しない訳ですから、そうする事しかできないのです。

  

(これは、自国の歴史の理解についても同じです。いくら同じ国の人間でも、何百年前も人々が今の自分たちと同じ「ものさし」を持っていたわけがありません。複数の「ものさし」を持つ人はそこに気づきやすく、また何の未練もなく自分の「ものさし」を脇に置くことができます。そしてその当時の「ものさし」を理解すべく探究することができます。他国のことを学んだ時に既に経験しているプロセスですから、それ程抵抗は感じません。 一方、1つしか「ものさし」を持っていない人は、そのような経験をしたことがない分、このプロセスをクリアすることがなかなかできません。)

 

 

日常の生活でも、手元にある「ものさし」の数による違いは出ます。例えば、物事を説明する際、1つしか「ものさし」を持たない人は、無意識のうちに説明を聞く人たちは、全員自分と同じ「ものさし」を持っているものだと仮定してしまいます。そうなると、その人の話は「説明」から曖昧な「表現」に変わってしまうことが多くなります。「これは言わなくても分かるだろう…」と仮定する部分が多くなるからです。複数の「ものさし」を持つ人は、このような仮定は危険だと感じます。

 

一方、話をする相手が明らかに自分と違う「ものさし」を持った人の場合は、どうなるでしょう? 1つしか「ものさし」を持たない人の場合、このような場では、言いたいことが上手く伝えられなくなるケースが多々出てきます。自分の「ものさし」は役に立たないことは分かっているのに、それを使うことなく話をする術を知らないからです。

 

「日本語は難しいから…」、「日本は他の国とは違うから…」、一見正しい理由のように聞こえます。しかし複数の「ものさし」を持つ人は、他の言葉やお国の事情についても、日本語や日本の事情と同様に難しくて、特殊であることを知っています。

 

 

さて、冒頭の質問に戻りますが、グローバル化が進み色々な「ものさし」を持つ人たちと接することが多くなった今の時代、自国のことがおろそかになるのは、結局のところ、どちらなのでしょう? 

 

皆さんは、どう思われますか? 

 

 

(おわり)

 

 

追伸:

新しい「ものさし」は、やる気さえあれば年齢に関係なく、いつでも誰でも得ることができるものです。この世界に、「もう遅い…」は存在しません。

 

 

2013年

1月

23日

更なる金融緩和の持つ意味とは…

 

昨日の日銀金融政策決定会合で日銀は、2%の物価上昇率目標を導入し、無制限金融緩和に踏み切ることを正式に決定しました。これから日銀は政府の思案通り、より一層積極的な金融緩和を行うことになりそうです。「アベノミクス」がいよいよフル回転する準備が整ったということでしょうか。

 

実はここ2日程、Facebook を通じて友人とこの件についてやり取りをしていました。そんな中、この「アベノミクス」について理解されていないことや、今後我々が注意すべきことで、あまりしっかり認識されていないことがあるのに気づきましたので、今回はそれらについて、です。(以下は友人とのやりとりの抜粋です。)

 

― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―

 

まず、「アベノミクス」についてですが、これがカバーしている範囲は、政府の財政・金融政策(市場に投入する自国のお金の量のコントロールの仕方)です。当然為替や物価(インフレ、デフレ)に大きな影響を及ぼすものですが、やっていること、カバーしていることはこれだけです。

 

国民の生活に影響を与える経済政策、(例えば規制緩和、古い体制を改める、成長産業を支援するなど)は「アベノミクス」ではカバーしていません。昔から必要とされている今の経済環境に合った「構造改革」の実施には何も触れていません。

 

    鍵を握るのは、やはり成長戦略です
    鍵を握るのは、やはり成長戦略です

 

今の日本の「失われた20年」から脱却するには、「構造改革」よりも、まず財政・金融政策が先だ、という意見もあるかもしれません。でも、これだけやっていても、短期的な効果は出るかもしれないけれど、中・長期的には何も変わりません。やはり「構造改革」は絶対に必要です。

 

もちろん自民党も、財政・金融政策だけですべてがうまくいくとは思っていません。大規模な金融緩和を実施しつつ、「成長戦略」を実施・展開する必要があるといっています。

 

これから我々にとって最も必要なことは、「成長戦略」=「構造改革+α」でなければならない、という強い意志を持って政府のやることを監視することだと思います。

 

「アベノミクス」を本格的に実施する方向となった今、「構造改革」に成功しなければ、日本の財政は本当に破綻の危機に直面するでしょう。(去年ギリシャやイタリヤなどで話題になった、デフォルト、というやつです。)日本は、必要な改革を確実に進めているから、莫大な借金を抱えていても継続して成長できると世界市場が認めれば、成功です。でも、もし認められなければ、日本の国債金利は一気に跳ね上がり、日本円はその価値を大幅に失ってしまうでしょう。

 

「アベノミクス」の実施はこのようなリスクを抱えているものだと皆が理解する必要があります。金融緩和の実施に、ちゃんとした「成長戦略」の展開が伴わなければ、アウト、なのです。

 

この政策、確かに大変大きなリスクはあることに変わりはありませんが、「成長戦略」さえしっかり実施できれば上手くいくはずです。今後はやはり、ここが焦点になると思います。

 

(おわり)

 

 

2013年

1月

18日

巨人、逝く

  

先日、私の知る最も偉大な巨人の一人が亡くなられました。奥様がお亡くなりになった数日後、後を追うように旅立たれました。この巨人、某国立大学の教授で、生涯をかけて日本史、特に日本古代史を研究された方でした。私の伯父でもありました。

 

巨人は軍の士官になるために、第2次世界大戦中士官学校に籍を置いた人でした。在学中、きらびやかな軍服を身にまとい白馬に跨った昭和天皇の姿を、違和感を持ちながら見たことがあるそうです。今となっては軍服を着て白馬に跨る天皇の姿が如何に滑稽であるかは、ちょっと調べれば誰でも分かることです。しかし、あの当時はそれが当たり前でした。軍国主義、軍国主義教育のなせる業です。

 

ちゃんとした説明義務は一切放棄して、「感情」や、その場の「雰囲気」や「空気」に解釈を委ねる無責任な意見や主張が横行するのは、今だけの話ではありません。当時の教育もそのような傾向が強いものでした。ほとんどが軍に都合のよい嘘で塗り固められたものでした。その中でも特に歴史はひどかった…。そんな嘘でも、それを叩き込まれるように教えられた当時の子供たちは、その嘘を「常識」として認識してしまいます。まじめで一生懸命な人ほど、そうなってしまう傾向にあったのは、本当に皮肉なものです。

 

士官学校の最終年の時、戦争は終わりました。巨人は結局軍人にならずに、大きな矛盾を抱え帰ってきました。戦争で多くの尊い命が奪われました。巨人のお兄さんも命を落とされた一人でした。戦争に負け、世の中が大きく変化しても、戦時中に植え込まれた「嘘の常識」は人々の中に根強く残っていました。そんな嘘が自分の中にも植え込まれている現実を直視しなければなりませんでした。巨人は悩んだ末、その嘘を打破するために立ち上がりました。嘘ではない、本当の話を「常識」にするために立ち上がりました。そして生涯をかけて、社会の奥底にそびえ立つ「嘘の巨塔」と闘い続けました。あのような戦争を二度と起こしてはならない、という強い信念が根底にあったのだと思います。

 

個人的に巨人と接したことはあまりなかったのですが、一度お宅にお邪魔したことがあります。その当時、私は人生の方向性について真剣に悩んでいて、相談に乗って頂くことがその目的でした。方向性の定まらない若造の話を、一つひとつ真剣に受け止めて頂いたことを覚えています。その時感じたのは、巨人の懐の広さでした。とてつもなく広い、と思いました。その時はどうしたらそんなに広くなるのか分からなかったのですが、後でようやく気づきました。

 

それは温厚さ、優しさ、そして繊細さです。とてつもなく大きなものと長い年月にわたり相対することができるのは、威勢のいい事を言ったり、戦いを好むような姿勢の持ち主ではありません。本当に大きなものと闘い結果を残せる人とは、温厚であり、相手に対する優しさを持ち、物事に対して繊細な心を持ち、それを包み隠さず誰にでも出せる人なのだということを教わりました。

 

一通り話が終わった後、巨人の書斎に案内されたのを覚えています。そこは書斎というよりも図書館のような空間でした。大きな部屋の中には、図書館にあるような本棚がいくつも並んでいます。全ての本棚は本や文献で埋め尽くされていました。本が多くなり過ぎて、床の補強をしなくてはならなくなった… といった話を聞きながら部屋の奥へ進むと、そこには巨人の机がありました。机の横には本や文献が山のように積み上げられています。巨人はその山を指さしながら、「読まないかん本や論文が、こんなに溜まってしまった。頼まれているのもあってね…。」と笑っていたのを覚えています。

 

あの当時巨人は引退し、第一線を離れていたと記憶しています。それなのにあの山のように積み上げられた真新しい本や分厚い紙の束。巨人は今も尚闘っており、これは生涯続いていくものなのだと実感しました。

 

 

巨人の伯父さんへ、

もうこの世でお話しができないと思うと、とても悲しいです。教えて頂いたこと、いつも忘れずに胸に秘めています。ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。ゆっくりとおやすみください。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

(おわり)

 

2013年

1月

16日

何もしなければ、その「つけ」は必ず…

 

以前このブログで韓国の経済情勢について少し触れました。

 

韓国は国の政策として大企業優先の輸出産業を発展させ、見事にアジア金融危機から脱し、成長を遂げました。その一方、内需拡大、そして中小企業へのサポートを後回しにし続けたため、国内経済の底上げはできず、結果として経済格差が生まれ、人々の生活に歪みを作り出しました。

 

昨年末大統領選が行われ、新しく選出された大統領がこうした国内の問題に目を向けることが期待されている中、韓国は今急激なウォン高に見舞われています。下のチャートは過去6か月のウォンの対円為替レートの推移です。去年の8月と比べると、約30%もウォン高になっています。

 

         直近6か月の韓国ウォン・日本円為替レートの推移
         直近6か月の韓国ウォン・日本円為替レートの推移

 

以前のブログでもお伝えしました通り、韓国の主要産業は商品を海外に販売する輸出産業です。自国の通貨が急激に高くなると、大きな影響を及ぼしてしまうのは言うまでもない事です。もしこのウォン高が、先日まで続いた日本円高のような状態で続くようなことになると、韓国経済は大変苦しいことになるでしょう。

 

為替が安定していて経済情勢が比較的よい時に改革をし、国内経済の体力増強を進めていれば…、と今思うのは当たり前ですね。経済的に体力があるうちに、多少痛みを伴っても必要な改革をしなければ、必ずその「つけ」はまわってきます。

 

誰にとっても、これはよい教訓だと思います。

 

(ところでロイターは、焦点:「アベノミクス」による円安、韓国経済に恩恵もで、ウォン高は、韓国経済の強化につながる可能性を示唆する記事を出しています。このような情勢になってしまった以上、今となっては韓国がこの先成長を遂げるには、輸出主導経済モデルから内需型産業の強化へのシフトするしかないというのが正直なところだと思います。既にウォン高になってしまった状態で、このようなシフトを行うとなると、大きな混乱を招く可能性があることも頭の片隅に置いておくべきだと思います。)

 

 

(おわり)

 

 

2013年

1月

10日

動き出しました

(小生病み上がりで体力と集中力がまだ元に戻っていません。よって本日のブログは短めになっています。ご了承ください。)

 

 

昨年末から現在にかけて、日本の株式市場と日本円がらみの為替市場が大きく動いています。これは去年12月に行われた衆議院選挙の結果を受けてのことです。財政政策を大きく見直すことを掲げた自民党が圧勝したため、その影響を受け株価は上昇し、円安が進んでいます。輸出産業が多い日本にとって、現在の円安の流れを歓迎するムードが強いです。(これまで長い間、円が高過ぎた状態で市場が硬直してしまっていたこともありますが…)

 

財政政策自体は、選挙前と選挙後の今で変化は何もありません。また、自民党が掲げる政策がどれほどの効果があるのかはっきりしません。もちろん失敗に終わり、経済状況がさらに悪化するリスクがあることも指摘されています。どうなるかは分かりませんが、それでも市場は動き出しました。「実質」よりも「憶測」(speculations)という名の空気が市場の原動力になっているのは、世の常です。

 

理由はともあれ、市場が動き出した事については、歓迎すべきだと思います。リーマンショック以来、日本市場はずっと思考停止状態が続いていましたから。正しいことでも、間違ったことでも、それに従って動くからこそ、それが本当はどうなのかが初めて分かるものだと思います。

 

リーマンショックは20089月の出来事でした。あれから4年と4か月余り経ちました。今年は本格的に日本が思考停止状態から脱却する年になるとよいと思っています。

 

本年も、どうぞ宜しくお願いします。

 

 

(おわり)

 

 

2012年

12月

13日

破滅の前に映る風景

皆さんの周りには、自分が言うことや主張することに対し、面と向かって(陰口や間接的にではなく)意見する人がいますか?自分が所属する会社や組織は、公の場で異を唱える人やそうした行為に対して寛容であり、聞く耳を持つ環境になっていますか?また、少しでも本来進むべき本道から逸れそうになったら、それをガミガミと指摘する存在がいますか?もし、周りにそうした存在がいないとしたら、今の環境の未来は明るくないかもしれません。

 

もちろん、唱えられる反対意見は個人の利益のためではなく、全体の利益を考えた建設的なものでなければならないのは言うまでもありません。今回のブログは、「…いやいや、我々は志を共にした同志の集まりだから…」というような、ある種の「結束感のある」環境いる状態が特に危険だという事例をご紹介します。

 

最近この「破滅の前に映る風景」に直面した世界で最も有名な人は、アメリカ大統領選挙に共和党から立候補し、現職のオバマ大統領に敗れたミット・ロムニー氏ではないでしょうか。大統領選では、ロムニー氏が率いる共和党は、勝敗の行方を左右する「スウィング・ステイト」(Swing States12州において、1つの州以外は全てオバマ大統領率いる民主党に敗れました。民主党の完勝といってもよい結果となりました。選挙前にメディア等が行った調査では、もっと接戦となると予想していましたが、やはりオバマ大統領が有利との意見が大半を占めていました。

 

            天下分け目の…! ではないですが
            天下分け目の…! ではないですが

 

では当のロムニー氏はどうだったかというと、選挙結果が公表されるまで自分が勝つと信じ切っていたそうです。自分が負けるなどとはひとかけらも思っておらず、選挙当日に投票結果が次々に明らかになっても、なかなか負けを認めるスピーチをしなかったのは有名な話です。

 

なぜここまで自分の認識と現実との間にギャップが生じてしまったのでしょうか?最近その理由が明らかになりました。ロムニー氏の周りには、そして共和党のブレインたちの間では、冒頭でお伝えした「面と向かって異を唱える」環境が見事なほどに欠落していました。長年共和党のブレインとして活躍したブルース・バートレット氏(Bruce Bartlett)が書いた記事を読みますと、いかに事が深刻だったかがよく分かります。(英文オリジナルはこちら

 

   ・世論調査は自分たちが行った物しか、尊重しない。→ 意見の「偏り」に対し鈍感になる。

   ・共和党の政策に批判的なメディア、見解は見ない。→ 「敵」の考え、行動に無頓着。

   ・異を唱えるメンバーは、排除する。 → 閉鎖的、排他的特性が強まる。などなど

 

記事を読むと、このような「組織病」が時間をかけて蔓延していく様子が、よく分かります。気づいた時にはもう手遅れです。共和党が再び国民の支持を得られるように立て直すには、相当時間がかかるとも言っています。

 

こういう類の話は、歴史を辿ればロムニー氏や共和党と同じように「破滅の前の風景」を見て、そしてその道を進んでいった人、組織、国の例は世界中にたくさんあります。また反対に、その道を進まないよう懸命に努力した人も、やはり存在します。

 

我々が最もよく知るところでは、徳川家康はその道を進まなかった典型的な例ではないでしょうか。評議の場では、家来と唾を飛ばし罵り合いながら議論し(またそういう環境を保ち)、最も信頼すべき側近にはかつて自分を裏切った本多正信を置き、晩年には駿府にて江戸にいる将軍が好き勝手できないよう「目の上のたんこぶ」であり続けたなど、このようなエピソードには事欠きません。

 

面と向かって異を唱える存在は、「調和を乱す」異物のような存在なのか、それとも自分の、組織の健全性を保ってくれる存在なのか…。判断の仕方は様々あるかもしれませんが、全てを前者として扱った際、その後に見えてくる「風景」は…、上にお伝えした通りです。

 

また最近は、そもそもしっかりと「異を唱える」ことができる存在が少なくなっているのも事実ではないかと思いますが、どう思いますか?

 

(おわり)

 

2012年

12月

11日

『二都物語』と同じ時代背景

 

本日のニュースで、アメリカ国家情報会議(NIC)が2030年の世界情勢に関する報告書を発表したことについて伝えています。(例:ロイター日本語English) こうした報道記事の主な内容は、2030年までに中国がアメリカを抜き世界1位の経済規模になる、アジア経済が欧米経済を上回る規模になる、現在のアメリカのような超大国は存在しなくなる等です。

 

確かにこのレポート、「Global Trends 2030: Alternative Worldspdfの中には上の内容も記載されていますが、この他にも今後の世界情勢を検討する上で参考になる内容がたくさん記載されています。そうした内容がカバーされていないのは大変残念ですが、報道機関にそこまで求めるのも無理があるのは重々承知、です。

 

従ってこのブログが一人でも多くの方にとって、この報告書に目を通すきっかけになればと願ってなりません。

 

このレポートがその他の機関が発表するものよりも意味あると思うのは、アメリカの国家機関が公式に出した予測であること、つまりアメリカという世界で最も影響力ある国の今後の世界情勢に対する見解であるということです。当然今後のアメリカが打ち出す政策に何らかの影響を及ぼすとみて間違いないでしょう。(重ねまして、ぜひ一読をお勧めします。英語で分からないところがあれば、お気軽にこちらにご連絡頂くか、トレースグローブのフェイスブックページでお知らせください。)

 

今回のブログでは、レポートの「Introduction」のページに記載されていた内容をご紹介します。レポートの内容を細かく書くよりも、今我々が置かれている時代、そしてこれから先の20年がどのように位置づけされているかが分かると思うからです。(以下は小生の拙い訳にて…)

 

 

The backdrop for A Tale of Two Cities was the French Revolution and dawn of the Industrial Age. We are living through a similar transformative period in which the breadth and scope of possible developments—both good and bad—are equal to if not greater than the aftermath of the political and economic revolutions of the late 18th century.

 

『二都物語』の背景には、フランス革命と産業革命の始まりという2つの大きな変化が背景にあった。今我々は、18世紀後半に起きた政治的、経済的な革命によって生じた新しい展開(良い事も悪い事も含めて)と同様の、若しくはそれ以上の規模と領域において変化が起き得る時代を生きている。 

 

 

It was the best of times, it was the worst of times . . . it was the spring of hope, it was the winter of despair . . . we were all going direct to Heaven, we were all going direct the other way . . .”       Charles Dickens, A Tale of Two Cities

 

「それは最高の時代であり、最悪の時代であった・・・ それは希望に満ちた春であり、絶望の冬であった・・・ 皆が天国に向かって進み、同時に皆が反対の方向に進んでいた・・・」 

 

                          ―チャールズ・ディキンズ著 『二都物語』より

 

 

 

ついでといっては何ですが、このレポートの最初には、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズの名言も記されていましたので、合わせてご紹介します。  

 

 

. . . the idea of the future being different from the present is so repugnant to our conventional modes of thought and behavior that we, most of us, offer a great resistance to acting on it in practice.”  John Maynard Keynes, 1937

 

「未来が現在とは異なるという考えは、現行の考えやと活動の常識とつじつまが合わないことから、我々は、―少なくとも我々の大半は―、それに倣い実際に活動することに対し強く抵抗する・・・」  

                                                           ―ジョン・メイナード・ケインズ 1937年 

 

 

ご存知の通り、ケインズ氏が打ち出した考えは、当初は全く「現行の考えや活動の常識とつじつまが合わない」とされ、受け入れられませんでした。しかし結果として、彼の新しいアイディアは世界経済を大恐慌から脱却させることに大いに貢献しました。

 

18世紀末の『二都物語』の時代を生きた人々の中でも、これから先も、今まで通り何も変わることはないと考えた人がたくさんいたでしょう。今だからこそ、その仮定は大きな間違いだったと言えますが、当時はそれこそが「現行の考えや活動の常識」だったかもしれません。

 

今回発表されたNICのレポートが示唆するように、我々が生きる今の時代が同様の時代背景だとしたら…。ご参考

 

 

(おわり)

 

2012年

11月

22日

Q&Aより : 韓国の経済状況について

 

今回は、当方にお寄せ頂きましたご質問が大変興味深いトピックでしたので、その質問とお伝えしました内容をシェアします。(トレースグローブマネジメントへの質問はこちらからお寄せ頂けます。) 

 

 

Question

韓国が外需依存度が高すぎると書かれていますが、貿易相手国は先進国ということでしょうか。経済成長が高い国々に売り先を変えるということで回避できるのでしょうか?

 

そもそも、内需に期待できないという韓国企業。一つの企業がサムスン並みに大きいのでしょうか。韓国やシンガポールを手本にすべきと書かれている本も多かったのですが、既にビジネスの相手先がシフトしているべきなのでしょうね。(参考記事

 

 

 Look out for Asian Tigers、アジアの虎たちに注目です
 Look out for Asian Tigers、アジアの虎たちに注目です

 

Inputs from TraceGlobe Management

今の韓国の状況は、確かに難しくなっていますね。

 

韓国の人口は約5000万人で、人口減少が問題になっている日本の半分ほどです。韓国では昔から継続して経済成長するには、内需のみに期待できないとされていました。こうした背景から、サムソンやLGなどの、日本の「財閥・ケイレツ」会社のような大企業が、政府の後ろ盾を基に、活発に活動する産業文化が存在しました。もう一つ背景として認識する必要があるのは、韓国経済は19978年のアジア金融危機の際、破たん寸前に追いやられてしまったことです。結果としてIMFから多額の融資を受け、経済を立て直した背景があります。(参考:ウィキペディア

 

IMFに融資してもらっていた時代、当然のことながら韓国通貨のウォンの価値はすごく低かったのです。自国の通貨価値が低いと購買力が低下してしまうのですが、輸出産業にとってはよい状況です。政府はこの状況を利用し、大企業の後ろ盾をしながら輸出産業を積極的に支援する政策を打ち出し続けました。その結果、支援を受けた韓国の大企業は世界的に大成功をおさめます。(これと同時に内需拡大のための政策も打ち出されたようですが、輸出産業支援と比べ、あまり効果がないままだったようです。)

 

韓国の巨大企業が好調な状況が続くと(この間他の国の経済がパッとしないからでもありますが)、やがてウォンが高くなます。そうなると、輸出産業にとっては痛手です。韓国のようにもともと内需に期待できない国となると、これは死活問題になってしまいます。また、これまでの輸出産業重視の政策の影響で、国内の中小企業の多くは深刻な状況に陥っており、すぐに内需拡大につながる策が打てません。(韓国での経済格差は、日本よりもはるかに大きな状態になっています。)

 

韓国は、一刻も早くIMFからの借金を返そうとしたこともあり、大企業による輸出産業に大きく依存する経済構造になってしまいました。そのおかげでIMFからの借金は見事に返済できましたが、為替レートが変わると本当に大変な状態になってしまう国になっています。

 

ところで・・・

 

グローバル化に消極的な意見の代表的な理由として、グローバル化を進めると今の韓国が直面しているような問題(国内経済の衰退、経済格差の拡大、不安定な外需依存構造など)が起こるとすることがよく挙げられます。しかし上にお伝えしましたように、今の韓国の状況はグローバル化を進めたからというよりも、破たん寸前の経済を立て直すために取った政策のつけが来ていると理解した方が正しいと思います。

 

ご質問にもありましたシンガポールは、人口518万人で国土面積は東京23区ほどの小さな国ですが、地域特性を活かしたグローバル化政策を展開し、「アジアのハブ」として活気のある経済環境を保っています。(参考資料:ジェトロより pdf

 

 

(おわり)

 

 

2012年

11月

20日

パーフェクト・ストラクチャー (その3)

最良の「外」の所有者は誰か

 

前回のブログでは、ビジネスのグローバル化進めるための組織作りで必要な「外の要素」とは何かについて考えました。今回のブログでは、必要な「外の要素」はどこにあるのか、誰が持っているのかについて考えます。

 

例えばそれが新しく参入しようとしている市場についてでも、効率化のために委託するビジネスプロセスでも、はたまたこれまで対象としていた以外の顧客層・マーケットセグメントについてでも、日々世界中で激化している競争環境の中、自分たちのビジネスを成長させていく上で必要であっても、自分たちの組織のみでは判断が難しい事柄はたくさんあります。これは規模の大小に関わらず、グローバル化を進めるビジネスならば誰でも直面する問題です。

 

だからこそ既存の組織に「外の要素」を取り込むことが必要不可欠になるのですが、自分のビジネスとって最良の「外の要素」の持ち主は誰なのでしょう?

 

手元にないなら、外に目を向ける。 これ、自然な動きです…
手元にないなら、外に目を向ける。 これ、自然な動きです…

 

今のように情報技術も物流網も発達・普及していなかった時代(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とされていた時代)では、その対象となり得たのは、物理的な制限から近隣に存在する人たちだけだったかもしれません。海外向けのビジネスについては、規模の大きな商社に頼る以外現実的な手段はなかったかもしれません。

 

『IT革命』以降の、コストが安くなければ生き残れない時代(アウトソーシングの時代)では、目を向ける範囲を中国などの新興国に広げればよかったかもしれません。では現在は、そしてこれからの時代はどこにフォーカスすればよいのでしょうか。

 

1113日付の朝日新聞の文化欄(35面)に、本の紹介と共に、著者のクリス・アンダーソン氏が唱える「メイカーズ」、ものづくりの民主化の広がりについての記事が記載されています(参考記事)。 アンダーソン氏によると、現在は個人レベルでも「ものづくり」がビジネスとして成り立つ環境になっているとのことです。また、既に成功を納めている人たち、「メイカーズ」も、少なからず存在しており、こうした動きがますます活発になりつつあるとのことです。(ソフトウェアやアプリケーションなどを作成・提供するビジネスや各種サービスを提供するビジネスは、ずいぶん前から個人レベルに広まっています。)

 

今の時代は、市場で受け入れられるアイディアとビジネスを成功させる情熱さえあれば、別に企業という形でなくても世界中の顧客を相手に商売ができる時代ということになるでしょうか。(もちろん、この動きで大企業による大量生産がなくなることはないとしているそうですが…)

 

そんな今の時代、そしてこれからの時代において、ビジネスのグローバル化を成功させる「外の要素」は誰のことを指すのでしょうか。

 

難しい問いですが、あえて答えるとすれば、今は誰もが「パーフェクト・ストラクチャー」を確立する際の最良の「外の要素」になり得る時代、ということになります。しかもこの「誰」というのは、企業や組織レベルの「誰」ではなく、個人レベルにまで層を広げた観点でなければなりません。

 

ビジネスを成功に導くアイディアやスキル、そしてノウハウなどを持つに至るのに、国籍や学歴や住んでいる場所や、更にはどの権力者を知っているかなどの事柄が関係ないのは、既に20世期に証明された事実です。技術の発展と普及により、今は世界中のいたる所に成功の鍵となり得る人たちが存在します。アンダーソン氏が言う、「民主化」という表現が正しいかどうかは分かりませんが、確かに今は誰もがその「鍵」にアクセスできる時代になっていることは間違いありません。

 

 

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当たり前のことですが、自身のビジネスに最も適した「外の要素」へのアクセスは、「内々のメンバー」による内向き志向の組織では、100パーセント不可能です。

 

どんな組織でも、一度外部と接することになれば、これまで保たれていたバランスや調和が乱れることが起こるでしょう。たとえビジネスのためとはいえ、時には衝突も起こり、お互いにストレスが溜まる環境になることもあるでしょう。でも、このような変化に対する軋轢(あつれき)を恐れていては、何も始まりません。

 

とてつもない可能性を秘めた「外の要素」見つけるためには、そして「パーフェクト・ストラクチャー」確立の第一歩は、外に目を向けることから始まります。

 

 

(おわり)

   

(Part 1) (Part 2) (Part 3)

 

2012年

11月

16日

パーフェクト・ストラクチャー (その2)

「外の要素」とは何か

 

それでは、グローバル化を効果的に進めるにあたり、内向き志向に陥りやすい企業・組織が取り込むべき「外の要素」は具体的にどのようなものなのかについて、あれこれ考えてみたいと思います。(参考:前回のブログ

 

「外」、があるからには、それに対する「内」も存在しなければなりません。節分の豆まきではないですが、この「内」と「外」を切り分けるには、どのような見方をすればよいでしょうか。

 

最も分かりやすい「内」と「外」の切り分けは、これまでビジネスを展開してきた地域を「内」とし、それ以外のエリアは「外」とする切り口です(エリアベースの切り口)。また、これまで対象としている業界、事業分野、市場セグメントなどを「内」とし、それ以外のマーケットは「外」とする見方もあります(顧客ベースの切り口)。更には、現行の商品の使われ方を「内」とし、それ以外の使い方として考えられる事柄を「外」とすることもできます(使用用途ベースの切り口)。これ以外にも切り口はありますが、今回はとりあえずこの3つをベースとして考えます。

 

 

     切り方によって、味も変わってきます
     切り方によって、味も変わってきます

 

エリアベースで考える「外の要素」は、現状のビジネスの活動領域を維持することがビジネスを進めていく上で最適であるか、若しくは変更する必要があるかを検討・確認する際に、そして変更する場合はそれを実施する際に必要です。提供している商品をA国だけでなくB国にも展開するか、商品の開発・製造は現状のC国よりもD国に一部を移した方が効率化できるかなど、エリアベースにおいて「内」か「外」かを検討する事柄は常にあり、それらを決めるのに、「内々のメンバー」のみではなかなか最良の判断を導き出せません。

 

次に、顧客ベースで考える「外の要素」は、提供している商品は、今対象としている顧客以外にも提供することができるかを検討・確認する際、そしてアクションを展開する際に必要です。例えば、化粧品メーカーが提供する洗顔料や化粧水等の商品は、これまでずっと女性向けの製品として販売されていましたが、今では同じ製品を若年層の男性にも提供し、支持を得ています。組織において「外の要素」を取り込む環境がなければ、こうした発想はなかなか出ません。

 

最後に使用用途ベースで考える「外の要素」は、ある商品に使われているコンセプトや素材、または製品である場合は特殊な技術を、別の商品に応用して提供することを検討する際に必要です。独自の技術で開発された扇風機の風を起こすノウハウを、空気清浄器の空気を吸い込む技術に応用して成功を納めているベンチャー企業がありますが、この会社は積極的に他メーカーなどを辞めた有能な人材を採用することで「外の要素」を取り込みながら成長していることでも有名です。

 

上ではそれぞれの「外の要素」を分けて考えましたが、実際のビジネスにおいてはこれらの事柄を一緒に考えなければなりません。(この製品はA国だけでなくB国でも売れるのか? B国での販売チャンネルはどう確立するのか? B国で対象となる顧客はA国と同じセグメントでよいのか? A国とB国とでは、文化も習慣も違うが、この製品の使用用途は、A国と同じでよいのか? もし変えなければならないならば、B国に最もマッチした使用用途は何なのか? などなど…)

 

現在のように国境の壁が日に日に無くなっているビジネス環境において、「内々のメンバー」で構成された、内向き志向になりがちな組織では、こうした事柄について最良の判断を下すことが難しいのは当たり前でしょう。また、「外の要素」を取り込むといっても、その切り口は複数存在しますので、何をどれくらい取り込めば、自分たちの組織が「パーフェクト・ストラクチャー」になるのかは、誰も明確に分からないのです。

 

「パーフェクト・ストラクチャー」への道のりは、簡単でないことだけは明らか、ですね。 

 

(次回につづく)

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3)

2012年

11月

14日

パーフェクト・ストラクチャー (その1)

前人未到の領域

 

世の中において、ビジネスのグローバル化の必要性が唱えられ始めてもう20年以上経っています。ビジネスの活動領域を国外にも広げ、より効果的に仕事の効率化を図る、顧客層を増やす、提供する商品により高い付加価値を付ける等の試みも、その間世界中の企業や組織によって実施されています。

 

では、ビジネスをグローバル化することで得られる恩恵を、最も効果的に得られる組織の形、(「パーフェクト・ストラクチャー」Perfect Structureとでも名づけましょうか…)とはどのようなものなのでしょうか。いや、まずその前に、そもそもこの「パーフェクト・ストラクチャー」なるものは、本当に存在するのでしょうか?

 

 

   
       Nobody has succeded yet...

 

「効率化の罠」(その1 その2 その3)では、日本の多くのビジネスがグローバル化を効果的に進められない原因は、組織を気心の知れた「内々のメンバー」だけで固めてしまい、顧客や市場よりも自分たちのこと(自分の都合)にフォーカスが向きやすい体制を築きやすい文化が大きな要因であると述べました。そしてこれを打破するためには、組織にあえて「よそ者」を取り込む文化が必要であるとお話ししました。

 

もちろん組織の中に自分たち以外の要素を取り込む必要があるのは、日本のビジネスだけではなく、国外の企業や組織とっても同様です。海外においては、最も上手に「よそ者」(外の要素)を取り込める組織の構築とその組織の円滑な運営手段作りに、試行錯誤を繰り返しながら何年も取り組んでいる企業が多く存在するもの事実です。

 

しかし、こうした長年の努力にもかかわらず、「パーフェクト・ストラクチャー」を構築することに成功した組織は、私の知る限り未だに存在しません。(一応機能し得る組織は作ったものの、運営管理ができず、形だけの存在になってしまったケースや、ビジネスオペレーションの方面ではある程度グローバルビジネスを機能させることができても、人事評価の面で折り合いがつかなくなり、結局長続きしなかったといったケースなどはよく見聞きしますが。)

 

これからグローバル化を進めなくてはならない組織はこの現状をどのように解釈したらよいでしょうか? そんなに難しいタスクを自分たちが進めても不可能としてしまうか、それともまだ誰も「パーフェクト・ストラクチャー」を持っていないのなら、今から始めても十分チャンスがあると思えるか…

 

前者を選んでしまったら、グローバル化への道を自ら断つことになってしまいます。 一人でも多くの方が、「あ~、それじゃぁどうしようもないね、じゃあ難しくても「パーフェクト・ストラクチャー」への道を進むしかないね。」と思って頂けたことを信じ、次回以降更にお話しを進めていきます。

 

 

(次回につづく)

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3)

2012年

11月

08日

Moving Forward

1年以上にわたり、世界中が注目し続けたアメリカ大統領選挙が昨日終わりました。感想は?と聞かれれば、あ~、やれ、やれ、といったところでしょうか。これでようやく世界が着手すべき課題に目を向けるモードに入るでしょう。(また、本日より中国の共産党大会もはじまったようですし、世の中を長らく騒がしていた大きなイベントがこれで終わります…)

 

今回のアメリカ大統領選の結果、オバマ大統領の再選が決まりました。再選ということでこれを単に「現状維持」と考えていると、行く道を誤ることになるかもしれません。

 

 

 多様化する世界で舵を取るとは…
 多様化する世界で舵を取るとは…

 

アメリカは外交政策において、単独主導主義ではなく、現行の国際協調路線を選びました。従ってアメリカは自身の政策を実現するために不条理に「悪者」をでっちあげるようなことはしないでしょうし、また仲の良い国を「特別扱い」することもないでしょう。これまで通り、国際社会の中で最も発言力の強いメンバーとして睨みを利かせながら、国の舵取りを行っていくものと思います。つまり、国益につながることであれば、誰とでも仲良くするし、また誰に対しても距離を置く用意があるということだと思います。

 

これは、現在のように日々多様化を続ける国際社会、国際情勢においては、常識的な路線かもしれません。しかしこの選択は、日本にとってより難しい舵取りを強いる結果になったと思います。すでに同盟国としてただアメリカに付いていればよい時代は終わっているのですが、日本の政治はまだそれを現実として受け止め、必要な行動をとることができていないようです。結果としてこの4年程の間、国際社会において自身の立ち位置を定めることができないまま今日に至っているように思います。

 

独自の立ち位置を決めるには、多様化する国際社会の中でバランスを取りながら情勢を見極め、道を切り開く術が必要です。そうすることが「国際化」というものになる訳ですが、その形がなかなか見えてきません。

 

日本はビジネスの世界だけでなく、政治の世界でも国際化が必要不可欠であり、急務であることをつくづく感じます。

 

(政治向きの話はどう書いても誤解を招きやすいので、ここでは書かないつもりだったのですが、このブログで何度かアメリカ大統領選挙について触れてきましたので、昨日の結果を受け思ったことを書きました。まぁ4年に1度のイベントだということで、勘弁してください。)

 

 

 

さて、次回からのブログは…。

 

先日のブログ「効率化の罠」のその2 その3でも触れましたように、日本のビジネスのグローバル化を成功させるには、これまでの「内々のメンバー」で固める文化から「よそ者」を巻き込んでいく文化に変換していくことの必要性をお伝えしました。では具体的に「よそ者」を巻き込める組織とはどんな組織なのか、そしてそんな組織を束ねるリーダーとはどのような存在なのかについて、あれこれ考えてみたいと思います。

 

 

(おわり)

 

 

2012年

11月

06日

やはり、気になる?

アメリカ大統領選挙及び議会選挙が明日アメリカで行われます。投票できる人は当然アメリカ国民だけですが、その結果が世界情勢に大きな影響を及ぼすことになるので、世界中が注目しています。

 

東京市場では、オバマ大統領が再選することを織り込んだ動きが出ているようですが、果たしてどうなのでしょう。(関係記事)今朝もネットに掲載されている世界の様々なニュース・コラムを見ましたが、その内容といったら訳が分からなくなるくらい様々な見解があります。

 

 

次の「世界で一番強い人」はどちらになる?
次の「世界で一番強い人」はどちらになる?

 

オバマ大統領が再選した方が経済にとってプラスになるという記事もあれば、ロムニー候補が勝たなければ経済は好転しないというものもありました。また、どちらが勝っても経済は好転するという記事もあれば、どちらが勝っても経済は厳しい状態になるといった内容の記事もありました。挙句の果てには、何が起きようが世界経済は奈落の底に落ちる道を進んでおり、もう誰も止められないという見解さえ飛び交っています。全ての情報の出所は世界的に知名度のある情報メディアですが、これだけ正反対の意見が飛び交っている状態は、コメディー映画の1シーンのようにさえ見えてしまいます。

 

しかし、今回の選挙の結果で何らかの影響を受ける我々にとって、こうした状態をただ笑って傍観するだけではダメでしょう。ましてやグローバル化を進める企業・組織にとっては、矛盾する情報を確実に見分け、判断する術を持っていなくてはなりません。当然これは今回の選挙に関する情報だけでなく、ビジネスに関わるあらゆる情報についても同様です。

 

世界各地で起きている情報を「質、スピード、量」が伴った形で得るには、日本語の情報源だけでは限界があります。(日本語の国際ニュースは、特にスピードに大きな問題あり。) ローカルの言語が全て分かればそれが一番良いでしょうが、それが現実的でなければやはり英語で情報を取集し、解析し、判断するスキルが必要です。

 

英語ができれば問題ないかと言われれば、決してそうではありません。逆に、英語ができるだけではビジネスのグローバル化は成功しません。だから尚更、ビジネス英語スキルの習得の段階で挫折したり、つまずいてしまったりすることが無いようにしたいものです。

 

(おわり)

 

 

2012年

11月

02日

効率化の罠(その3)

注意: 今日のブログ、いつもよりも長いです。宜しくお付き合いください!

 

 

それではどうしたら「効率化の罠」から抜け出すことができるのかが、今回のブログのテーマです。

 

前回のブログでもお伝えしましたように、日本の多くの企業は現在「効率化の罠」に近い状態に陥っています。(今巷では、日本を代表する企業が続々と業績の下方修正を発表するニュースが飛び交っていますが… 関連ニュース1) もちろん具体的な状況については個々の企業によって異なるでしょう。またこうした企業では、「自分たちの場合は、他の会社と違って色々な要素が複雑に絡み合っているから、そう簡単に抜け出す手立てが見つからない…」といった妙なコンセンサスがとれているところが多いようです。どの企業も特別だということは理解しますが、何もしなかったらその特別な存在が消えて無くなってしまうのを待つばかりです。

 

「効率化の罠」から抜け出す手立てを、シンプルに考えていきましょう。

 

 

 

【策1:コストにフォーカス】

そもそも、グローバル化という世界のビジネス環境の変化(急降下の線)に乗ることができず、コスト面で競合力がなくなってしまったわけですから、この変化の恩恵をフルに受けられるようにすれば、コスト面での競合力は戻ります。(上の図参照)

 

答えはとてもシンプルですが、達成への道はとても険しい道です。なぜなら後追いの立場では、まず遅れの原因となった急降下の線に乗るための変化を企業内で起こし、確実に成功さなければなりません。さらにそれと同時進行で、競合相手がその後常々行っている効率化の活動によって得られた削減分(なだらかな線)の効率化も行わなければ追いつかないからです。これがどれだけのパワーが必要かを想像するのは、それ程難しい事ではないと思います。もちろん上の図では、緑の線をサッと下に引いて青のコストリーダー線につなげるだけで、できることですけど…。

 

【策2:付加価値にフォーカス】

上にお伝えした活動で得られる結果は、コストで再び競合相手と肩を並べられるようになることです。これと別のアプローチもあります。コスト削減で競争力をつけることにフォーカスするよりも、商品1ユニット当たりの付加価値を高め、コストが高いままでもこれまで以上に高い需要を得るアプローチです。(下の図参照)

 

 

 

これは提供する商品の需要曲線自体を上にシフトしてしまう方法です。これに成功するということは、市場は価格が高くてもこの商品に付加価値(Added Value)を見出し選択していることになりますので、競合商品との間で明確な差別化が確立している商品になったことになります。(上の図の赤い曲線

 

これも一つ目の「コストにフォーカス」と同様に解決策自体は大変シンプルですが、いざこれを国内市場だけでなく、対象となる海外の市場においても達成するとなると、策1よりもはるかに険しい道を進まなければならないことは想像できると思います。

 

「効率化の罠」からの抜け出し方としては、上にお伝えした2つの策のどちらかを選択する(またはどちらかに重きを置く)ことが基本となります。シンプル過ぎると思われるかもしれませんが、この選択が活動の軸にならなければ成功しないでしょう。どちらを選ぶにしろ、ポイントとなるのは対象となる国内外の市場や顧客をどこまで真ん中に置いて、商品を提供するための活動ができるかだと思います。(「良い商品を提供すればきっと売れる」をいつまでもすがるように信じるよりも、「売れる商品がよい商品だ」という現実的な感覚を取り戻すことが何よりも必要だと思います。)

 

何をするにせよ、現在、そしてこれからのビジネス環境において成長するには、企業・組織レベルで、そして個人レベルでも、ビジネスをグローバル化することで得られる恩恵をフルに得られる環境(中途半端ではなく、フルで得られる環境)にすることが必要不可欠です。

 

いかに従来の「内々のメンバーで固める文化」から「よそ者を大いに巻き込む文化」に転換し、上手く機能させる体質を築くことが、「効率化の罠」から抜け出すためにクリアしなければならない最初のハードルだと思います。

 

トレースグローブマネジメントは、そうした企業、組織、個人の方々のサポートを致します。

 

 

(おわり)

 

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3)

2012年

10月

30日

効率化の罠(その2)

先日のブログで、仕事の効率化を進め、その結果ある程度の効果を出しても業績が一向に好転しない状況を「効率化の罠」と命名しご紹介しました。今回は「効率化の罠」を別の角度で説明すると同時に、この罠から抜け出すために何ができるかについても考えていきたいと思います。

 

まず、「効率化の罠」について… 

 

下の図は「効率化の罠」に陥るとは、どういう状態なのかを示したものです。X軸には時間が、そしてY軸にはある商品のコストが示されています。コストについては、商品1ユニットあたりの直接費用と間接費用の両方を合わせたものと考えてください。青い線は該当する商品が市場において競合力を保つために必要なコストレベルが示されています。時間が経つにつれてコストが低くなる下降線ですが、なだらかな線と急降下する線の2種類があることに注目してください。

 

 

なだらかなコスト削減ラインは、日々の業務における効率化のための活動の結果、達成できる削減を表しています。その一方で急降下する線は、新しい技術の導入、物流網の発展・拡充、外部委託による効率化など、世界のビジネス・市場環境全体で起こる変化に上手く順応することによって得られるコスト削減の度合いを表しています。

 

繰り返しますが、青い線は提供する商品が価格面で競争力を保つために必要なライン、コスト・リーダーのラインです。では赤い線は何かといいますと、「効率化の罠」に陥ってしまった企業の商品のコストラインを示しています。ビジネス・市場環境の変化に順応できなかった(つまり、急降下する線に乗れなかった)ため、コスト・リーダーとの間にギャップが生じてしまっています。こうなってしまっては、商品の競争力は低下する一方です。日々効率化のための活動には一生懸命取り組んでいるのにも関わらず、です。(まさに石川啄木の「働けど働けど、なお我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」という状況です。)

 

現在、日本の多くの企業が上で説明しました「効率化の罠」に近い状態に陥っています。その最大の理由は、他国の競争相手のようにビジネスをグローバル化することによって得られる恩恵をフルに得られていないからと言ってよいでしょう。つまり上の図が示す青い線(コスト・リーダー)と赤い線(多くの日本企業)のギャップは、グローバル化という変化(急降下する線)に日本企業が上手く乗ることができないでいるから生じているということになります。

 

こう書きますと、「グローバル化=外部委託によるコスト削減」、と思われてしまうかもしれませんが、決してそれだけではありません。また、海外に進出することによって対象となる市場を拡大することだけでもありません。この他の要因としては、国際間のビジネスネットワークの拡充によって得られる情報の差(スピード、質、量)もあるでしょうし、様々な国の人々がメンバーだからこそ創出されるアイディアやイノベーションもあるでしょう。また、こうしたメンバーで構成されている組織だから成り立つ作業プロセスの簡略化といったものもあります。

 

情報技術の発展により、現在では世界中どこでも、誰でもこうしたビジネスのグローバル化による恩恵が得られる環境になっています。しかし日本の多くの企業がこの取り組みに問題を抱えており、結果として「効率化の罠」にはまってしまっているのが現状です。日本のビジネスは独自の「系列」や「グループ会社」の存在にも代表されるように、伝統的に「内々のメンバー」によるタイトなネットワークを構築することによってコスト・リーダーの地位を保ってきました。ところがビジネスのグローバル化で得られる恩恵は、「よそ者」を多く取り込みながら全く反対の活動を展開する必要がある訳ですから、問題を抱える企業が多いのはむしろ当たり前といえるかもしれません。

 

ということで、結局今回は「効率化の罠」の説明のみになってしまいました。次回はこの罠から抜け出す手段について、考えてみたいと思います。

 

(次回につづく)

 

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3)

2012年

10月

23日

【問】 下の数値の平均値を求めなさい・・・

 

先週の土曜日(1020日)の夜、「NHKスペシャル ‐ シリーズ日本新生 ”国際人”がニッポンを救う」という番組を見ました。(番組HP) ビジネスの世界で国際化が進む中、日本人は多様化する環境で活躍するために必要なスキルに乏しいとされています。何が問題でそうなのかを、一般の市民を交えて討論するといった企画でした。

 

国際化に対応できていない日本の状況を、今の教育のあり方、会社・企業の仕組みのあり方、人々(特に若年層vs.経営者)が持っているマインドなどの観点からこの問題にスポットを当てていました。先週までブログに書いていた内容と重なる部分もあると思いましたので、見ることにしました。なかなか面白い番組だったと思います。

 

 

     ざっくりとですが、こんな感じでしょうか・・
     ざっくりとですが、こんな感じでしょうか・・

 

さて今回のブログは、この番組に出演していた方(名前は忘れました、教育分野の大学教授?)が、番組で話した例え話が大変意味深いと思いましたので、ご紹介します。下の引用は正確ではないですが、大体こんなことを話されました。

 

「今の日本人(主に学生?)は、平均を正しい公式を使ってもとめることができる人は90%以上の割合でいます。しかし、なぜ平均値をもとめることが必要なのか? 又、平均値だけでは分からないことは何か? といった質問にちゃんと答えられる人は30%ほどしかいないのです…」

 

この方は上の例え話を用い、今の教育は○か×かがはっきり判断できるものだけにフォーカスが行き過ぎていて、オープンエンドな質問に取り組む訓練ができていないことを指摘していました。オーブンエンドな質問に向き合うスキルを持つことこそ、今の国際化・多様化が進む社会で最も必要なのに、と。

 

日本人は、たとえどんなに難しい問題でも、正しく取り組めば答えがはっきり出るものに対してはめっぽう強いけれど、「正解」が存在しないオープンエンドな問題には甚だしく弱い、ということでしょうか。

 

いつの時代でも、一度世の中に出てしまえば、何においても確固たる「正解」が存在する事柄などほとんどないのは変わりません。現在のように国際化が進む環境では、この「オープンエンド性」にさらに拍車がかかっていることは当たり前です。

 

誰もが承知のはずなのに、大きな問題のまま放置されていることに、改めて事の重大さを思いました。 (もちろん、国内では未だに昔ながらの『勝ち組路線』 ―いい成績をとって、いい大学に入れば、安定した仕事に就け、いい暮らしができて安心だ― の考え方が、現実として受け止められています。何がどのように「安心」なのかよく分かりませんが…。)

 

この番組でもう一つ面白いと思ったのは、海外に留学する日本人大学生が減少していることについての議論での、空気の変わり方でした。初めは、「今の若者は内向きで、外に出たがらない、リスクを負うことしない…」といった大学生に対する批判意見が圧倒的に多かったのですが、就職活動を行う大学生に対し、企業側が、在学中ずっと国内にいて「通常の流れ」で「通常の経歴」を持つ学生ではないと、二の足を踏む傾向にあることが紹介されると、先ほどまでの学生批判が嘘のようにかき消され、一気に企業の姿勢を問う流れになってしまったのが大変印象的でした。

 

結局問題なのは、ある特定の個人やグループではなく、皆が平等に変化に対応できていないから、なんですね。

 

(おわり)

 

 

2012年

10月

18日

Just to Clarify a Bit...

 

昨日までお伝えしました一連のブログで、詳しい説明が足りなかったかもしれないと思う部分がありましたので、今日は補足を兼ねて短めのを1つ、です…。

 

 

前々回のブログ『ガラパゴスの向こう』で、今の日本のビジネス環境において、ただ地道にコツコツと与えられた任務・責任を果たすだけという姿勢は、日本を「内向き志向」にさせ、「ガラパゴス化」を進めてしまう原因になっていると述べました。

 

昨日のブログ『非常識な常識と向き合う』でその理由は一応お伝えできたと思いますが、念のため補足させてもらいます。

 

昨日お伝えしましたように、「ガラパゴス化」が進んでいる日本のビジネス環境には、進化する土台に「世界の標準」とはかけ離れた「独自性」が存在しています。この「独自性」とは、今の時代に合わないにも関わらず、色々な形で存在し続けている「非常識な常識」がビジネス環境に溶け込んだ状態だということを、車検制度の例を挙げながらお話ししました。

 

         彼もコツコツ歩くのが心情ですが…
         彼もコツコツ歩くのが心情ですが…

 

 

ただ「地道にコツコツ…」の姿勢の問題は、現状のビジネス環境を是としてしまうところにあります。現存する「独自性」は「世界の標準」にピントを合わせ、本当に「なくてはならないもの」を作り出すのに邪魔な存在であり、「非常識」であるのにも関わらず、それらを「常識」として受け入れてしまっているからです。(多分ほとんどの場合、無条件で「常識」として受け入れているのではなく、「非常識」なのは重々承知しているのだけど、自分一人が言っても「どうしようもない」、「仕方がない」という決断が幾重にも積み重なった結果、今日まで来ているのだと思いますが…)

 

上のような状態での「地道にコツコツ…」の姿勢は、意識的に「非常識な常識」を取り払い、「なくてはならないもの」の創出のために地道にコツコツと取り組む姿勢と比べると、同じように見えますが、実は天地ほどの違いがあると思う次第です。

 

 

(おわり)

 

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3) (Part 4) (Part 5) (Part 6)

2012年

10月

17日

「非常識な常識」と向き合う

 

日本のビジネスの「ガラパゴス化」が問題ならば、その流れを食い止め、提供する製品やサービスが国内外で再び「なくてはならないもの」と認知されるようにしていく必要があります。

(参考までに、これまでのブログはこちらから:1/52/53/54/5

 

では、そのためにはどうしたらよいでしょうか。

 

繰り返しますが、「ガラパゴス化」とは、提供する商品が独自の進化を遂げたため、結果的に世界の標準からかけ離れてしまう現象です。(ニッチとは全く違います。)そもそも進化とは、周りの環境により上手く適応するために変化することですので、進化の土台となる環境が「独自」ではなく、より「世界の標準」に合ったものになれば、「ガラパゴス化」の問題も解消していくのではないでしょうか。

 

 

きっと何らかの理由があるからなのでしょう…
きっと何らかの理由があるからなのでしょう…

 

 

少しでも海外での生活を経験したことがある方や、国際間の交流(ビジネスでも学術でも何でも)の経験がある方は、比較対照するものがしっかりと存在する分、日本のビジネスを取り巻く環境の「独自性」がよく分かると思います。もちろん、日本以外の国々のビジネスに独自性がないわけではありません。しかし、日本ほど「ガラパゴス化」が成長の足かせになっている国が他になかなか見当たらないのも事実です。

 

日本のビジネス環境には常識として存在するけれど、「世界の標準」では存在しないもの、つまり「非常識な常識」となってしまったものには、どんなものがあるでしょう?

 

せっかく今回の一連のブログで自動車業界を見てきましたので、再びこの業界を見てみましょう。例えば現状の車検制度(正式には自動車検査登録制度)はどうでしょう? 自動車を所有したら2年に1度(新車の場合は3年後に)検査に出さなくてはなりません。当然毎回費用がかかります(大体毎回6万円程度、しかし車を長く所有すればするほど費用が高くなる)。この制度、1951年に公布された道路運送車両法に基づいたものだそうです。今から60年以上前に制定された「基準」が、今も変わることなく存在しています。(参考:ウィキペディア

 

60年前の自動車の性能を考えると、こういう決まりができたのは、まぁ、何とか理解できますが、車の性能はこの60年で著しくよくなっていると思いませんか? 今の世の中、もし2、3年で壊れてしまうような自動車が販売されるようならば、車検制度云々以前に、誰も買わないでしょう。

 

もちろん、この制度にぶら下がって存続する大きな産業があるのは事実です。また、この制度が自動車の新規販売を促進する役割を果たしているのも事実です。つまり、この制度が60年を経ても、変わらずに存在する方が都合の良い人たちがいるのが事実なのです。しかし、こうした事実が「非常識な常識」を作り出し、更には「ガラパゴス化」を助長しているのも、やはり事実です。

 

このような類の事実は、法律や制度だけでなく、広く世の中に存在しているのではないでしょうか。中には、「会社文化」と称した「非常識な常識」が、成長の足かせになっている企業もあるかもしれません。また、ひょっとしたら、我々一人ひとりの頭の中に知らないうちにこびりついてしまった「非常識な常識」が、我々の発想に壁を作っている可能性もあるかもしれません。

 

ビジネスをグローバル化することは、こうした「非常識な常識」を取り除く効果的な手段の1つだと思います。(「非常識な常識」が通用しない世界ですから…) もちろん、グローバル化といっても、ただ国外に商売を展開すればよいというものではありません。対象となる市場が求めている「なくてはならないもの」とは何かを見極め、作り、届けることを、提供する相手が国の中か外にいるかに関わらず、継続して行う姿勢こそが本当のグローバル化だと思います。

 

 

(おわり)

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3) (Part 4) (Part 5) (Part 6)

2012年

10月

15日

ガラパゴスの向こう

 

よく日本経済や日本の通信業界の現状を表わす言葉として、「ガラパゴス化」という表現が使われます。日本の市場で独自の進化を遂げた製品・技術・サービスなどが世界標準から大きくかけ離れてしまい、気が付いた時には世界の動きから大きく取り残されてしまう状態のことをいいます。

 

前回前々回と日本の自動車ビジネスの動向を見てきましたが、この「ガラパゴス化」は中国をはじめとした海外(世界)市場だけでなく、国内市場においても若年層の「自動車離れ」という形で進行しています。国内においては日本政府も巻き込んだ減税措置による表面的な販売促進の動きはありますが、自動車が再び消費者にとって「なくてはならないもの」にするための抜本的な変化を起こす動きは見られません。

 

 

    この向こうに見えるものは何でしょう?
    この向こうに見えるものは何でしょう?

 

今日の自動車業界の動向は、あくまでも日本のビジネス全体に起きている現状を映し出す一例にすぎません。その他の業界の動向を見ても、多くの場合、全く同じような現象が見られることを、この場であえて説明する必要はないかと思います。

 

ではなぜ日本のビジネスにおいて、「ガラパゴス化」が進んでしまうのでしょう? 

 

最近「日本の内向き志向」といった表現がよく使われていますが、原因はやはりここにあると思います。「内向き志向」と言うとすごくネガティブな印象を受けますが、別の言い方をするとすれば、「与えられた仕事を地道にコツコツと行う姿勢」ということになると思います。

 

こんなことを書くと、「地道にコツコツと」のどこがいけなんだ!といった声が飛んできそうです。確かにこのような姿勢は、昔から物事に取り組む際の「お手本」や「心構え」として認知される傾向があります。またこういう姿勢を貫く人を、美徳の持ち主として称賛されることもよくあります。しかし今の時代、「地道にコツコツと」だけでは通用しない時代であることを認識する必要があると思います。

 

では逆に「地道に…」がビジネスを成長させる際に通用する状況とは、どのような状況でしょう? 大きく分けて2つの状況が考えられます。一つ目は、現在自身が業界のトップにあり、提供する製品やサービスが「世界標準」的な位置付けがされている。(例:1980年代の日本の自動車業界) 二つ目の状況は、コスト削減・作業の効率化・新しい技術開発などの「企業努力」で、ある一定の成果を上げられたら、確実に成長につながる環境にある場合です。(例:196570年の日本の「いざなぎ景気」に代表される高度成長期) 

 

上の2つのような時代に「地道に…」を推し進めることは大いに受け入れられますが、そうでない時代では単なる「内向き志向」になり、更には「無責任な独り善がり」になってしまう恐れがあることを、先入観にとらわれることなく理解する必要があります。上の2つの好ましい状況ではない環境で、ただ「地道にコツコツと」(つまり「内向き志向」で)与えられた任務・責任を果たすべく努力したとしても、行きつく先はやはり「ガラパゴス化」への道になってしまいます。

 

前回前々回のブログで検証してきました通り、今の日本のビジネスの状況は、上の2つの状況に当てはまりません。もちろん「地道に…」の姿勢は大切ですが、今の時代、提供する製品やサービスが対象となる市場において「なくてはならないもの」と位置付けされるには、それだけでは足りません。

 

 

(次回につづく)

 

 

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2012年

10月

12日

見当違いのメッセージ

 

前回のブログで、中国では日本車は「なくてはならないもの」と位置付けられていないと、簡単に書いただけで済ませてしまいましたが…。

 

この現状について、とんでもない事だ、と感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

中国は今や世界で最も大きな自動車市場です。他メーカーはこの市場でどんどん業績を伸ばしています。日本の自動車メーカーも何十年も前から中国で活動していながら、なぜ日本車は中国の人々にとって未だに「なくてはならないもの」ではないのでしょう?中国でのビジネスは他国と比べ、様々な面で条件が異なり、一筋縄ではいかないことはたくさんあるでしょう。(もちろん、一筋縄でいく市場などどこにも存在しませんが・・・) 何かが大きく間違っていた(そして現在も?)と、考える必要があるのではないでしょうか。

 

 

       この公式が成り立つのが今の時代の流れです
       この公式が成り立つのが今の時代の流れです

 

 

さて、今度は国内に目を向けてみましょう。

 

国内で最近話題になっていることといえば、う~ん…。 最近ちまたで自動車に関連した事柄が、以前のように話題になることが少なくなりましたね。モデルチェンジや新車が発表されても、以前のように騒がれなくなりました。運転免許を取得する人(特に若年層)の減少傾向が続いていることも影響しているのかもしれません。(運転免許取得者の減少傾向は、警察庁が公表する統計結果 pdf を見ても明らかです。)

 

そんな中、最近よく目にする自動車メーカーのTVコマーシャルがあります。車の宣伝ではなく、若年層に免許を取得することを勧めるメッセージのみを伝えています。「免許を取ろう」、だそうです。

 

日本の多くの若者が自動車に関心を持っていた二十数年前の時代と比べ、今の時代は何が決定的に違うでしょうか。答えは簡単です。インターネットと携帯電話(スマホ)の爆発的な普及と発展がその違いです。今の若者にとってインターネットへのアクセスと携帯電話を所持することこそが「なくてはならないもの」であって、自動車を所持することではないのです。 これが現実です。

 

当然これらの「なくてはならないもの」を所持するには初期の購入・加入費だけでなく、維持するためのランニングコストもかかります。国内経済が芳しくない状況が延々と続く中、そして一人あたりの平均所得が減り続けている中(詳細情報:厚生労働省 pdf)、優先順位の低い自動車の購入費や維持費にお金をまわす余裕のある若者が少ないのは当然です。(ちなみに総務省統計局によると、一世帯当たり(世帯主が34歳まで)の月間通信費は、約13,000円だそうです。これを払った後、車のローンや保険料、そしてガソリン代などを払うのがどんなに大変になるかは、簡単に想像できるのではないでしょうか。)

 

自動車業界はこの現実をどう受け止めているのでしょうか? 全てを受け止めた上で、「免許を取ろう」と、メッセージを発信しているのでしょうか? 

 

日本の若年層がランニングコストとして毎月使えるお金は、20年前よりも限られています。そして今はそのお金のをネットやスマホ等の通信費用関連に充てる方が優先順位が高いのが現状です。

 

どうしてそんな負担をしてまで免許が必要なのでしょう? 今の人たちにとって、自動車を持つとどのようなメリットがあるのでしょう?

 

自動車業界がこれらの質問を前向きに捉え、納得いく答え(ビジョン)を示せなければ、どんなに車の性能を向上させても、燃費を良くしても、また、ガソリンではなく電気で走る車を作っても、更にはスマホを使って車を操作できるようにしても、自動車が再び「なくてはならないもの」なることはないでしょう。

 

 

(次回につづく)

 

 

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2012年

10月

11日

「きっかけ」と「原因」の違い

日本のビジネスといいましても、とても幅が広くひとまとめにして話すには無理がありますので、今回は日本経済の象徴的な存在でもある自動車業界の動向を軸に話をしたいと思います。(前回のブログへはこちらから

 

この業界で最近新聞などを賑わしている話題といえば、中国での日系自動車メーカーの販売台数が軒並み大きく落ち込んだというものでしょう。各メーカーとも前年同月比で40%~50+%の落ち込みということですから、とんでもない事態です。中国の自動車市場は停滞気味ではあるものの、欧州メーカーや韓国メーカーについては大幅に販売台数が伸びたとの情報も届いています。

 

 

 Cars are cars all over the world... なくてなならない?
 Cars are cars all over the world... なくてなならない?

 

こうした事態を招いた原因として挙げられているのは、日中関係の悪化です。確かに、中国各地で起きた反日運動やそれに伴う暴動等によって、会社が操業できなくなってしまったことが影響していないと言ったら嘘でしょう。しかし、もし「反日」が原因ならば、自動車業界だけでなく日本の他のビジネスも同様に影響が出ているはずですが、果たしてどうでしょう?(「反日」はとにかく日本はイヤだという動きですから、メイド・イン・ジャパンなら全て平等にダメでなければおかしいはずです。)

 

昨夜NHKのニュース9でも放送されていましたが、日本の花産業は中国でも依然大人気。昨日からスタートした国際展示会(幕張メッセ)では、中国の出展企業40社のキャンセルもなく、国別の参加企業ではトップとのことです。(関連記事) (一方東京国際フォーラム等で開催されていますIMF総会では、中国の財政相と人民銀総裁が欠席することが明らかになりましたが…。)

 

もし本当に「反日」が原因ならば、こんな違いは起きないはずです。では何が本当の原因なのでしょうか。

 

様々な経済的な要因や政治的な要因を織り交ぜた説明も可能でしょう。でも私の考えはとてもシンプルで、対象となる製品・商品が中国の人たちにとって「なくてはならないもの」として位置付けができているか、そうでないかの違いだけだと思っています。つまり、多くの中国の人たちにとって日本の花は「なくてはならないもの」ですが、日本車はそうではないということだと思います。中国では日本の車は、買えないのならば他国産の自動車を買えばいい、日本車がでなければダメというような存在ではないことが、今回の一連の流れを受けはっきりしたのだと思います。

 

今回の日系自動車メーカーの販売不振は、日中関係の悪化が本当の原因ではありません。両国の関係悪化は、中国市場における日本メーカーの位置づけが明らかになるきっかけとなったにすぎなかったと思います。

 

別に日本の自動車メーカーを弁護するわけではありませんが、日本車メーカーの技術力は今も昔と変わらず「ピカイチ」です。販売されている自動車も、ここまで「かゆいところに手が届く」車はないかもしれません。しかしいくらこうした利点(差別化要因)を積み上げたとしても、中国の人たちにとって日本車は「なくてはならないもの」ではない現実があります。

 

このギャップに問題の本質が潜んでいるのではないかと思うのですが…。

 

 

(次回につづく)

 

 

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2012年

10月

10日

どうやら麻酔が切れてきた…?

 

最近ブログの更新が出来ていませんでした。サボっていた訳ではないのですが…。

 

本日のロイターのサイトでこんな記事が出ています。「下り坂独走する日本株、固有の嫌気材料に中国懸念重なる

 

せっかく京都大学の山中伸弥教授が今年のノーベル生物・医学賞を受賞されて、盛り上がったのもつかの間、日本経済の元気の無さが際立ちはじめています。この現状を肌でひしひしと感じている人が、これまで以上に増えているのは間違いなく事実です。

 

次回からは何回かに分けて(たぶん…)、今の日本のビジネスの現状について考えていきたいと思います。

 

今回のブログはとりあえず、ここまでです。

 

 

(おわりですが、次回に続きます…)

 

 

(Part 1) (Part 2) (Part 3) (Part 4) (Part 5) (Part 6)

2012年

10月

04日

A Quick Update

数時間前、昨日お伝えしました第1回目の米国大統領選の討論会が終了しました。CNNは独自で行ったアンケート調査を公表し、共和党のロムニー候補が67%の支持を得て今回の討論会の勝者となったと伝えています。(オバマ大統領は25%)

 

 

  第1回目はロムニー候補(右)が勝者だそうです…
  第1回目はロムニー候補(右)が勝者だそうです…

 

ロムニー氏が自身の政策として訴えた内容は概念的なことのみで、詳細は全く明らかにしていません。(例えば、オバマ大統領とは違う形でもっと効果的に財政再建します、と訴えるも、具体的にどうするかについては質問されても明らかにしませんでした。)また、オバマ大統領の政策はダメだとして攻撃した内容も、必ずしも正しいデータを基に事実に沿った内容ばかりではなかったようです。

 

それでも終始自信に満ち溢れ、エネルギッシュにふるまい続けたロムニー氏を、視聴者は圧倒的な差で勝者としました。一方のオバマ大統領、どちらかといえば攻撃よりも防御に時間を費やし、また話す内容もまとまりがなく長くなり、ロムニー氏の攻撃に押され気味の印象を残したまま終わってしまいました。訴える政策の説明については、圧倒的に具体性を伴っていたのにも関わらず、です。

 

両候補者の討論会はあと2回行われますので、今後どのような展開になるか分かりませんが、オバマ大統領が有利とされていただけに、ロムニー氏にとっては大きな勝利だったのではないでしょうか。 まさに、「究極のコミュニケーション」ですね。

 

(おわり)

 

2012年

10月

03日

究極のコミュニケーション

今年の11月に行われるアメリカの大統領選の攻防も佳境に入ってきました。日本でもこれに関連したニュースが、新聞やテレビ等で取り上げられる回数も増えてきたように思います。

 

毎回この時期になると大統領選討論会が行われます。今回も現地時間の今週の水曜日の夜(日本時間は木曜日の午前中)に第1回目が行われます。(大統領候補は計3回、副大統領候補は1回、それぞれ日にちと場所、そして討論するトピックなどを変えて行われます。)討論会にも色々あると思いますが、アメリカ大統領選の討論会は、世界で最も有名で注目を集める討論会の一つではないでしょうか。

 

 

言葉だけでなく、しぐさや表情なども猛特訓しています
言葉だけでなく、しぐさや表情なども猛特訓しています

 

討論会は、よく「言葉を用いた決闘」といった類の表現が使われます。必ず最終的には勝者と敗者とに分かれるからです。相手の主張よりも自分の方が視聴者の支持を得られた方が勝ちです。通常の討論会では審査員が判断しますが、大統領選の討論会では、勝ち・負けの判断は視聴者に委ねられます。(当然メディアや「専門家」らの影響は少なからず受けますが。)

 

討論を通して自分の考えを伝え支持を得る…、そう考えますと、形式は非常に特殊ではありますが、これもコミュニケーション手段です。究極のコミュニケーションといったらよいでしょうか。

 

大統領選ですから、話すトピックはどうしても政治・政策に関連した話になります。討論でカバーされる内容はともかくとして、どちらの方が上手にコミュニケーションをとっているかを見てジャッジしてみるのも面白いかもしれませんね。

 

 

(よく欧米の人たちは討論が得意だという人がいます。確かに学校(小・中・高レベル)の授業でもルールに基づいた討論の仕方を教えるところが多いですが、だからといって全員が得意なわけではありません。聞くところによると、今回の討論会に出る候補者たちは、このために何カ月も前から猛特訓しているそうです。)

 

(おわり)

 

 

2012年

10月

01日

新しいメガネと 「ビギナーズ・ラック」

先日、これまで使用していたメガネの度が合わなくなってきたので、メガネを新調しました。

 

メガネのスタイルも、これまでとは全く違うものにしました。私の奥さん曰く、これまでのメガネをかけた私の風貌はまるで「村人」のようだったけれど、今回のものは何とか「都会人」に見えるとのこと。一応世界でも有数の大都市である東京に住んでいる人間なので、まぁ、ポジティブな変化だということにしてください…。

 

毎回そうなのですが、私の場合、メガネを新調すると調整にすごく時間がかかります。頭の形がよっぽど変なのでしょう。お店で調整してもらっても、しばらく使っているとどうもしっくりこなくなります。かけていると頭が締め付けられるように痛くなるので、メガネの幅を広げてもらい、喜んで使っていると、今度は漫画のキャラクターみたいにずり落ちてきてしまいます。あまりに不格好なのでまた調整し直すと、今度は片方の耳が痛くなってくる…。それでまた調整すると今度は別の場所に問題が…、といった感じです。

 

 

    これよりも顔にフィットしたものを選びましたが…
    これよりも顔にフィットしたものを選びましたが…

 

 

調整を重ねるごとに、確実にかけ心地はよくなっていくのですが、なかなか「しっくりする」感覚になるまで到達しません。今回のメガネも使い始めてまだ2週間余りなのですが、既に5回調整しました。その度にお店に行くので、店員さんともすっかり仲良くなります。店の方には私が何度お邪魔しても嫌な顔一つせず快く丁寧に対応してもらっているので、本当に感謝しています。

 

さて、5回目の調整を終えてしばらく使っていると、やはりどうも違和感があります。困ったな、また調整してもらわなきゃ…。そんなことを思いながら、店員さんが調整をする際に行っていたように、メガネのつるを慎重に曲げてみました。気を取り直して作業に戻ろうとメガネをかけてみると…、ん?さっきよりもしっくりくる!これは、ひょっとしたら自分で直せるのでは…。気になる部分を何回か曲げたり伸ばしたりしているうちに、先ほどまでの違和感が嘘のように消えて、かけ心地の良いメガネになったのです。 それでも、

 

 

なんだ、自分で直せるのなら何度もお店に行く必要はなかったなぁ。もったいない時間の使い方をしてしまった…。

 

 

とは全く思いませんでした。なぜなら上手くできたのは、たまたま運がよかったからだと思うからです。これまで5回調整しに出かけたことも多少影響しているかもしれません。何度もお店に行って店員さんと話をするうちに、私がかけているこのメガネに関しての知識がつきました。また、調整してもらう時の店員さんの動きを何度も見ていたから、メガネのどの部分を触るのかも頭に入っていました。ひょっとしたらこれまで経験したことが、今回の「ビギナーズ・ラック」(Beginner’s Luck)を引き寄せやすくしたのかもしれません。

 

今度もしメガネの調整が必要になったら、私は迷わずお店に行きます。自分で直してやろうとは思いません。私が全くの素人であることは変わりありませんし、「ビギナーズ・ラック」はそう何度も起こりません。それにどんなに頑張ったところで、プロの知識や技術にはかないません。

 

(おわり)

 

2012年

9月

26日

成功パターン

最近ブログが長くなりがちなので、短めのを一つ…。

 

 

昨夜放映された『ガイヤの夜明け』という番組の中で、家電量販店コジマの社長が話された言葉が大変印象に残りましたので、ご紹介します。

 

業績が思うように伸びず、結果としてライバル会社に吸収されることになったわけですが、その理由について聞かれた際、こう言われました。

 

「成功パターンを引きずって、立て直しが遅れた…」

 

 

不変の勝利の方程式は存在する?
不変の勝利の方程式は存在する?

 

ライバル会社の動向や顧客の嗜好の変化、また新たな法律の制定による販売環境の変化(規制が取り払われこれまでよりも大きな規模の店舗の設立が可能になった)など、業界を取り巻く環境が大きく変化していたのにも関わらず、それに対応することを怠ったことが原因だと話されていました。

 

周りがどう変わろうとも、これまで上手くいっていたことを行っていればよい。自分たちには誰にも負けない「成功パターン」があるから関係ない。一度そう信じてしまうと、誰でも動きが鈍くなってしまいます。やや、これはまずい、と思った時にはもう手遅れです。動きが鈍くなってしまった組織を立て直すのは、並大抵のことではありません。

 

上のお話、1つの企業の話としてだけでなく、1つの国や地域の経済を見る上でも同じことが言えると思います。昨日ブログでお伝えした内容にも、つながっている部分があるのではないでしょうか。

 

(おわり)

 

 

    

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