巨人、逝く

  

先日、私の知る最も偉大な巨人の一人が亡くなられました。奥様がお亡くなりになった数日後、後を追うように旅立たれました。この巨人、某国立大学の教授で、生涯をかけて日本史、特に日本古代史を研究された方でした。私の伯父でもありました。

 

巨人は軍の士官になるために、第2次世界大戦中士官学校に籍を置いた人でした。在学中、きらびやかな軍服を身にまとい白馬に跨った昭和天皇の姿を、違和感を持ちながら見たことがあるそうです。今となっては軍服を着て白馬に跨る天皇の姿が如何に滑稽であるかは、ちょっと調べれば誰でも分かることです。しかし、あの当時はそれが当たり前でした。軍国主義、軍国主義教育のなせる業です。

 

ちゃんとした説明義務は一切放棄して、「感情」や、その場の「雰囲気」や「空気」に解釈を委ねる無責任な意見や主張が横行するのは、今だけの話ではありません。当時の教育もそのような傾向が強いものでした。ほとんどが軍に都合のよい嘘で塗り固められたものでした。その中でも特に歴史はひどかった…。そんな嘘でも、それを叩き込まれるように教えられた当時の子供たちは、その嘘を「常識」として認識してしまいます。まじめで一生懸命な人ほど、そうなってしまう傾向にあったのは、本当に皮肉なものです。

 

士官学校の最終年の時、戦争は終わりました。巨人は結局軍人にならずに、大きな矛盾を抱え帰ってきました。戦争で多くの尊い命が奪われました。巨人のお兄さんも命を落とされた一人でした。戦争に負け、世の中が大きく変化しても、戦時中に植え込まれた「嘘の常識」は人々の中に根強く残っていました。そんな嘘が自分の中にも植え込まれている現実を直視しなければなりませんでした。巨人は悩んだ末、その嘘を打破するために立ち上がりました。嘘ではない、本当の話を「常識」にするために立ち上がりました。そして生涯をかけて、社会の奥底にそびえ立つ「嘘の巨塔」と闘い続けました。あのような戦争を二度と起こしてはならない、という強い信念が根底にあったのだと思います。

 

個人的に巨人と接したことはあまりなかったのですが、一度お宅にお邪魔したことがあります。その当時、私は人生の方向性について真剣に悩んでいて、相談に乗って頂くことがその目的でした。方向性の定まらない若造の話を、一つひとつ真剣に受け止めて頂いたことを覚えています。その時感じたのは、巨人の懐の広さでした。とてつもなく広い、と思いました。その時はどうしたらそんなに広くなるのか分からなかったのですが、後でようやく気づきました。

 

それは温厚さ、優しさ、そして繊細さです。とてつもなく大きなものと長い年月にわたり相対することができるのは、威勢のいい事を言ったり、戦いを好むような姿勢の持ち主ではありません。本当に大きなものと闘い結果を残せる人とは、温厚であり、相手に対する優しさを持ち、物事に対して繊細な心を持ち、それを包み隠さず誰にでも出せる人なのだということを教わりました。

 

一通り話が終わった後、巨人の書斎に案内されたのを覚えています。そこは書斎というよりも図書館のような空間でした。大きな部屋の中には、図書館にあるような本棚がいくつも並んでいます。全ての本棚は本や文献で埋め尽くされていました。本が多くなり過ぎて、床の補強をしなくてはならなくなった… といった話を聞きながら部屋の奥へ進むと、そこには巨人の机がありました。机の横には本や文献が山のように積み上げられています。巨人はその山を指さしながら、「読まないかん本や論文が、こんなに溜まってしまった。頼まれているのもあってね…。」と笑っていたのを覚えています。

 

あの当時巨人は引退し、第一線を離れていたと記憶しています。それなのにあの山のように積み上げられた真新しい本や分厚い紙の束。巨人は今も尚闘っており、これは生涯続いていくものなのだと実感しました。

 

 

巨人の伯父さんへ、

もうこの世でお話しができないと思うと、とても悲しいです。教えて頂いたこと、いつも忘れずに胸に秘めています。ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。ゆっくりとおやすみください。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

(おわり)

 

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